アーユルヴェーダの世界

最近、スリランカのアーユルヴェーダ医師に治療の世界を学ぶ機会がありました。われわれバイオエナジェティックの施術者の世界と共通する世界観があります。


アーユル:life(生命)、ヴェーダ:wisdom(智恵)。生命の智恵。

 

知識では生きられない。智恵で生きられる。

知識とは、頭で習ったこと。智恵とは、本来備わっている叡智。

 

 

・知識で判断するとは、ならったこと、既存のこと、過去の経験則、、理論理屈、、に照らし合わせて判断すること。知識で判断するとき、誰かに依存し頼らざるを得ない。

 

・智恵とは、その瞬間に、身体の内側からやってくる、、声。感覚。それにより、生き延びられる確かな声。自分の責任、自立、信頼。

 

 

知識は、過去にいる。智恵とは、現在にいる。現在に100%いることで、智恵が使える。

 

 

智恵、智慧、叡智、、それはどこからやってきて、内側に到達し、さらに我々に知らせるのだろうか?

 

 

”直感”、というと、、なんとなく根拠も証拠もなくテキトーな思いつき、と思うでしょう?それが、繊細な感覚世界、、”物理的な”身体感覚(イメージや想像ではない、物理的な感覚器官を通した感覚。五感。)の世界では、その、普通の世界では”直感”という括りにされがちな、知識や理解、理屈やイメージでもない、、確たる確証のうちに起こる”決断”のような、”導き”のような、ハッキリとした印を見つけることができます。

 

 

それは、物理的な、身体感覚の世界です。

 

 

バイオエナジェティックの施術者は、過去からやってくる知識(理論、理屈、習ったこと)ではなく、イメージして作り出すのでもなく、、現在この瞬間にある智恵、、さらにもっと精妙な生命の叡智、から施術をします。

 

 

生命の叡智、は、、ひとり静まったときに、出会う場所にあります。そこからはじめ、常にそこにいることで生命の叡智に従い、施術ができるのです。

 

 

 

生命とは、智恵とは?

 

生命とは、生命エネルギー。智恵とは、智恵のエネルギー。

 

 

”わたし”とはいったいなんなのか?死とは、生とはなんなのか?そんな質問をしてみましたが、、たぶん、まだ本当の答えは言っていないような気がしました。その時は、物理的な現象の答えに終始していました。が、ある一部分では。。

 

 

”死とは、腐食して、、人の体は分解され、地球に帰る。そこで終わり。”

 

わたしとは、60兆個の細胞。一つ一つが生きている。細胞一つ一つがワタシ。

 

医学的な死は、呼吸が止まって数時間した時。その間に蘇生するかもしれないから、まだ死とはしないらしい。そして、生理学的な死は、そこから2週間後。それまでは、髭も伸びるし、”生きて”いる。

 

この身体、肉体は、地球から借りている。いつかは変えさなければならない。返したら、終わり。

 

生きている、ということは、、肉体としてのワタシが”生命エネルギー”にぶら下がっている状態。そこから、離れる時に、、死ぬ。

 

 

では、”生命エネルギー”とはなに?

肉体とはなに?

その関係性は?

 

 

話は終始物理的な現象の話となりましたが、、その先がありそうです。

 

 

生命エネルギーとは、波動。知恵のエネルギーとは、波動。

 

波動が、病を引き起こす。波動が、健康にさせる。波動。

 

アーユルヴェーダには占星術もある。生まれた時の波動の状態から、健康状態や波動の強弱を見ることができる。占星術、波動。

 

 

波動、物質以前のエネルギーの状態。そこから、現象世界に現れる物質。波動があり、次に物理現象が生じる。

 

 

”あの人はすごいね〜!”は病を引き起こす。

 

”あの人はすごい”という言葉を発する時、、同時に、、”わたしはすごくない”を生み出す。二元性。

 

”健康になりたい!”、は、、”健康ではない”、という波動を生み出す。

 

いい、わるい、ではなく、、、みんないい。

 

マインドセットが大切。

 

 

どう世界を捉えるか、マインドセット、、その波動が、病にもさせるし、健康にもさせる。たしかに、そういう事例はまわりにたくさんある。

 

 

肉体と、生命エネルギー、知恵のエネルギー、、波動。

 

 

バイオエナジェティックの施術者は、体を物質の世界の肉体だけだとは認識しません。感情と対応するような液体的な身体。自然界と対応するような気体的な体。

 

さらにその先にある、、波のない透明な光のような体。それをアーユルヴェーダでは生命エネルギーと言っているようです。そこには、叡智があり、そこに従って施術をするのが、バイオエナジェティックの施術者です。

 

 

医者には病気は治すことはできない。”自分にしか”治すことはできない。

 

病気になったのは、過去の自分の行いの結果。それを自然界と調和した行いに正して健康になっていく、それも自分。

 

手を切っても、治すのはあなたの体。医師には縫い合わせることはできても、治せない。治すのは、”あなたの”体。

 

病はあなたにしか治せない。医師は道を示すだけ。

 

やるかやらないかは、あなた次第。

 

体には叡智がある。常に治ろうとする力が働いている。働き続けている。

 

 

バイオエナジェティックの施術者は、たぶんアーユルヴェーダでいうところの”生命エネルギー”をみている。”叡智のエネルギー”をみている。

 

体には、常に健全に向かおうとする力が働いている。働き続けている。

 

怪我をしたり、病気になったりしている人。健康な人。どちらの生命エネルギーも同じだけの強さ。違いはない。健康であっても、病気であっても、生命エネルギーは減ったり損なわれたりはしない。

 

健康でも、病気でも、同じだけの生命エネルギーがある。

 

生命エネルギーと、そこにある叡智のエネルギーが現れてくること。それが、治療していく。施術者が治すことなどできない。

 

あなたの体には、決して損なわれることのない”生命エネルギー”が流れている。

 

では、バイオエナジェティック・オステオパシーではどうやって、その現れを導くのか?それは後ほど。。