バイオエナジェティック


 バイオエナジェティックの施術

回復の力は内在する

”流れ”が繋がりを回復すると、あとは体が治癒を続けていく。

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治癒の流れ。その一例を、見てみましょう。

 

  • 切断してしまった指が繋がった。

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あるお子様が薪割り機で指を切断してしまった。緊急の手術でくっつけたがつながるだろうか?

手術後できるだけ早く、というなかで出張しバイオエナジェティックで施術して来ました。

指は無事繋がり神経もつながりました。医師も驚くような回復。

バイオエナジェティック・オステオパシーとは何か?

 

  • 4本抜けた歯が、繋がった。

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あるとき、顎を洗面台にぶつけ4本の下の前歯が抜け落ちた女性、翌日歯科医に抜けた4本の歯を入れてもらった。手でぐいぐいと。
歯医者が言うには、切れた神経はつながらないので、茶色く変色する。(そして歯が抜けるまで)保って2年だと思う、と。

しかし、歯は4本とも白いまま、4年が経った。

何が繋げたのか?

 

 

フロー(流れ)が治療する。

上記の例のように、切断され回復不可能とされるようなことが、回復するのはなぜでしょうか?施術者が”治した”のでしょうか?いや、そんなわけありません。施術者にはそのような”能力” はありません。

 

  • 体の生命力

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切断された指や歯の神経が回復したのは、施術者の力ではなく、体の自然治癒力のためです。

”体には健全に常に向かう力が働き続けている”というのが、バイオエナジェティック・オステオパシーの基本原理です。その生命力(=自己治癒の力)が働くように施術者は生命力(=健全)と向き合います。

 

 

  • 治そうとはしない。

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体を癒すのは、治癒させるのは、体に備わる生命力(=健全)です。

施術者の能力など役に立ちません、、もし(!)施術者がその能力(=意図)で介入しようとすると、、自然治癒の流れから外れた”余計なこと(=人の”意図”は、自然の摂理/秩序に必ず矛盾する。)”はその治癒の流れを妨げてしまう。

仮にその治癒の流れ、超繊細な流れを施術者の”意図(余計なこと)”が邪魔したとしたら、指は、歯は、繋がらなかったでしょう。

必要なのは、自然界の秩序(生命力の治癒の方向)に完全に沿うこと。

 

 

  • 自己治癒とは、フロー(流れ)

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体の治癒力が働くことで、回復する。という原則の元で施術をしています。その回復力とは?それを、ここではフロー(流れ)と言っています。

それは、なんの”流れ”なのか?いろんな側面がありますが、ひとつには”代謝”の流れです。体は代謝なしには生きていかれません。滋養を得て、老廃物を排出する。酸素、二酸化炭素、などなど。代謝(流れ)が我々を生かしています。それが途切れたのなら、繋げる必要があるでしょう。

しかし、バイオエナジェティックの施術者は、もっと精妙な流れを知覚し、施術しています。ソレがつながれば、あとは体が自己治癒を続けていきます。

 

  

 

 オステオパシーといのちの輝き

オステオパシー、てこれ!説明しようとしても絶望的に通じてないのを考えてしまうのだけれど、この本は知ってる人も多いのではないかしら?

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バイオエナジェティック・オステオパシーは、普通のオステオパシーに比べもっと筋骨格系よりエネルギー的な感覚も含めている。フルフォード博士はエネルギー的な理解もあった人らしいです。

 

p202,203抜粋 〜 いのちの輝き フルフォードD.O.著 〜

 

自分が大いなる進化のなかにいると気づいたとき、人はどう変わるのだろうか? たとえば、その人は弾むように軽やかに歩くようになる。たえず自然の美のエネルギーを吸収しているからだ。たとえまわりが自然に無関心な人たちばかりという環境にいても、ささやかな自然にひそむ細部の美の多様性に感動し、こころを打たれるようになる。そして、自然とのつながりはますます強く、豊かなものになっていく。

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その人はまた、自己を表現することによって進化をかたちにあらわすようになる。自己の内なる健康を外部の世界と交流させるようになる。人を助けることに喜びを見いだすようになる。もとめられる前に、すすんで手をさしのべるようになる。健康であることの大切さは、ただ自分のためだけではない。自分の健康はある意味で、すべての生き物の健康と進化につながっているのだ。われわれはともに、この世界を分かちあって生きている。あらゆる生き物が平等に、宇宙の力に頼って生きている。だから、地上に生きる目的のひとつは、われわれすべてがひとつの存在であるという事実に気づくことにある。世界から孤立し、かつ健康であることはできない。進化した社会では、人は自分を愛するように敬意と関心と配慮をもって他人を愛する。自己の想念パターンにたいする高い制御力をはっきりと外にあらわす。他人が自分を思いやってくれる以上に他人に思いやりを示す。というのも、人が他者のなかにつくる否定的な想念は、その当事者だけではなく、社会全体にとって有害なものだからである。進化した社会では、人は地球にもっと敬意を払うようになる。人間の健康が地球の健康に支えられ、自然のなかにあるエネルギーが人間のなかにあるエネルギーであることを知っているからだ。

最後にわたしの予言をひとつ。人類はふたつの衝動のあいだでひき裂かれている。ひとつは進化の衝動、もうひとつは破壊の衝動だ。もしこの文明の兵器と汚染によって絶滅させられてしまうことがなければ、われわれはきっと進化のより高い段階にのぼっていくだろう。われわれが発する波動の周波数は高くなり、生命力を敏感に感知する人がますますふえていくだろう。われわれは身体的にも精神的にも、より健康になっていくだろう。人びとはもっと思慮深くなり、自己の本質を受けいれ、肩の力をぬいて生きるようになるだろう。小さな変化はすでにはじまっている。その変化を大きなものにしていくためのただひとつの道は、あなた自身が自分を大切にすることである。肉体的にも、精神的にも、霊的にもだ。自分の健康のために配慮し、行動することはすべて、あらゆる人、あらゆる生き物の健康に寄与することにつながるのだ。

 

 我々はどこに向かっているのか?

 

施術を受けることは一体なんなのか?体の向かうその先は?その方向性は?

バイオエナジェティック・オステオパシーの施術はどこに向かっているのか?上記で引用しました「いのちの輝き」にしっかり書いてありました。

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ロルフィングのベーシック10シリーズを終え、体の構造が整う、、10シリーズの『レシピ』に従い”重力との調和”という地点に到達しました。その後、施術を継続的に受けられている方もいます。その施術は、バイオエナジェティック・オステオパシーです。

あるとき、こんな質問を受けました。「ロルフィングのベーシック10シリーズでは、目的があり、体が重力と調和するように整い、元には戻らない、ということはわかる。では、10シリーズ後の今、受けているのはバイオエナジェティック・オステオパシー、、その向かう先はどこ?何に向かって体は進んでいるんでしょうか?行ったり来たり治したり痛めたりを繰り返しているんでしょうか?」

バイオエナジェティック・オステオパシーで施術している世界は、肉体の歪みだけを見ているわけではありません。その前段階の液体的、気体的な体の状態、さらにもっと根源的なカラダから見ています。(肉体に症状として現れる以前の原因を見ているということです。)原因から解消をしていく、、体にある生命力のポテンシャルは開いてきます。そして、問題として積み重なっていた原因が解消しつづつけています。すると、施術者側からみると、カラダは治ったり戻ったりを繰り返しているのではなく、より統合され、さらに次の段階の、より透明で静かな光の現れるような、そんな変化を続けていることに気がついています。

継続的に月一回ほど施術に通われている方のほとんどは気がついているようですが、ふと振り返ると全然変わっていることに。そのように、ご本人はいつか気がつく時がやってくるし、その場でわからなくても、、客観的には全然変わってきています。たとえば、姿勢や施術の時に触れた体の感じも物理的に変わっていますが、なによりその態度というか存在が変わっていっています。わたしは施術者で毎日は会っていませんので、その変化に気が付きやすい状況であるからか、クライアントさまの話す内容や、興味、最近行った場所の話など、何気ない会話の中でも以前とは変わっている。それは、内容もそうだけれど、目線が変わっている。たとえば、愚痴や非難が多かった方は、そんなことはもう言わなくなっている。

 

自分が大いなる進化のなかにいると気づいたとき、人はどう変わるのだろうか?

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『たとえば、その人は弾むように軽やかに歩くようになる。たえず自然の美のエネルギーを吸収しているからだ。たとえまわりが自然に無関心な人たちばかりという環境にいても、ささやかな自然にひそむ細部の美の多様性に感動し、こころを打たれるようになる。そして、自然とのつながりはますます強く、豊かなものになっていく。』

『その人はまた、自己を表現することによって進化をかたちにあらわすようになる。
自己の内なる健康を外部の世界と交流させるようになる。人を助けることに喜びを見いだすようになる。もとめられる前に、すすんで手をさしのべるようになる。健康であることの大切さは、ただ自分のためだけではない。自分の健康はある意味で、すべての生き物の健康と進化につながっているのだ。』

『われわれはきっと進化のより高い段階にのぼっていくだろう。われわれが発する波動の周波数は高くなり、生命力を敏感に感知する人がますますふえていくだろう。われわれは身体的にも精神的にも、より健康になっていくだろう。人びとはもっと思慮深くなり、自己の本質を受けいれ、肩の力をぬいて生きるようになるだろう。』

『行動することはすべて、あらゆる人、あらゆる生き物の健康に寄与することにつながるのだ。』

 

 

 進化とは?

 

 ※あ、一つだけ補足です。進化?には段階があるようで、そのときそのようになっていないと受け取れないメッセージがあるようです。同じことを聞いても、同じものを見ても、そこにある本当の意味を受け取るためには、「そのようになっていなければ」受け取れない。

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そのとき、「そうなっている」とは? たとえば、過去の苦しかった時期、人と同じようにできなかった時期、それはあなたのせいではなかった。そして、誰のせいでもなく、「カラダがそうだったのだ」ということ。そして、カラダが変わり、整っていくと「大丈夫になっていく」もう苦しくはない、同じ状況がやってきたとしても何事ななく素通りしている。

「そうなっている」とは、自身の意識がどこにチューニングしているか。振動数はどこに合っているのか?

エゴ、欲、自分のため、、という意識が立ち位置の場合、体の振動数は結構重たくて低い。同じ重たい波動を他人とぶつけ合い干渉し合い、受けて疲弊している。自分のため、自分のため、、がより重たくしんどく影響を受けてしまうことを知らない。

一方、自然を大切に、他者の幸せを祈りながら歩いているひと、、カラダの振動数は高く、軽い。重たい波動は干渉できず影響されない。振動数が高い他者たちと共鳴し出会っていく。新しい世界に旅立っていく。

今ここにあるメッセージを受け取れるようになるためには、その段階にまで進化しなければ、受け取れない。波長、振動数が合わないから、素通りしちゃうんです。振動数が高くなり、より精妙になっていく。カラダがそのようになったとき、受け取れるメッセージがあります。

(一方、まだそこにないものもあります。わたしもまだ言っていないことがあります。まだ知らされない方が良いこともあるのです。そしてもちろん、わたしにはまだわからないこともたくさーんあります。😑)

では、カラダとは? 物質としての体だけではありませんよ。😃