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信仰が必要だ。

 

 

いつの時代でも、

そして、

今の世の中、

に生きる私たち。

 

 

とくに、自然と切り離され

人間の感情の粘度の中で生きている

現代のひとびと。

 

 

 

信仰が必要だ、と思うのです。

 

 

 

ここでいう

”信仰”とは

宗教、ということとイコールとは限りません。

 

 

 

ひとのせかい、水平方向の世界。

依存、執着、粘度のある

感情、、人に吸い付き、寄生して

自由を阻む。

 

人に吸い付く、

ひとに吸い寄せられる。

 

 

ひとではなく、

上を見る。


中途半端な感情の領域から

上を見ると

変な存在につかまる。

 



遥かな高み。
 

 

そこにある

存在を感じる。

 

 

太陽がある。月がある。

風が吹いている。

 

神様を感じる。

天使を、

守護者を感じる。

 

 

祈る。

 

 

自分を無くす。

自分の思いを捨てる。

 

 

すると、

 

 

そこに天使がいる。

 

 

 

 

**

 

 

 

五感を通して

感じる。。

 

感じられなくとも

わからなくとも、

 

 

各地の神聖な場所へ訪れ

静けさと平和に満ちていた、そこにいたことがあるのなら、

 

 

その”感覚”を思い出す。

思考や思いではなく

身体感覚を、思い出す。

 

 

その場にあった、

 

 

、、。

 

 

そのように。

 

 

その感覚とともにあるとき

上に、その存在を、感じる

 

 

そのとき

大丈夫になる。

 

 

もし

そうならば

それとともにあればよい。

 

 

 

**

 

 

 

 

人に寄生するエモーション、

現代人、、頼るべきものがなく

 

 

人間に寄生する、見つめているものは、、

他人への依存、執着、、

阻む自由。

 

 

 

信仰が必要だ。

 

 

 

 

頼るのは、水平方向にある、、人間や社会ではない。

エモーションの渦巻く世界ではなく、

 

 

 

 

頼るのは、、上。

 

 

 

そこには、神がいる。

 

 

太陽がある。月がある。

それを司る存在がある。

 

 

天使がいるかもしれないし、

悪を払う守護者がいる。

 

 

 

 

それを、知覚する。

五感を通して

それを知る。

 

 

 

たよるのは人間ではなく

 

 

 

変な存在が入ってこないように、

清浄に、、神聖な領域を離れない事。

 

 

 

意図を使って、思いを、力を行使しようとする時

おかしな存在に使われる。

見極めを確かに。

 


 

自然界、、その背景にある、、太陽、月、風、、大地、、。

 

 

 

人間の想いから発する対象を頼るとおかしなことになる。

 

 

 

 

 

太古から見つめられていた

神の世界、

 

 

 

世界各地の信仰、

そこにあるのは、

 

 

 

 

アルケミスト、

本読んでご覧なさい。

 

 

 

 

 

前兆、

 

 

 

 

エメラルドに書かれている文字。

 

 

 

 

 

 

 

**

 

 

フラワーエッセンス、の本当の使い方、

ソースフィールドシリーズの使い方は、

 

 

 

それにぎゅーっと執着したりはしません。

多くの方は、お渡しすると、

ぎゅーっと握りしめ、

これはわたしのもの、、と握りしめます。

 

 

そのときお伝えするのが、

それは、”あなた”のものではない。

 

 

それは、植物、鉱物、、フィールドのエッセンス、

エネルギーを保持している。

 

 

それにはそれ自体の存在があり、運命があり、

それの大元に属していて、常につながって

存在の運命を果たそうと願っている。

 

 

 

それを、あなたの

都合、思い、、意図で包み握りしめてしまうと

閉ざしてしまう。壁、、こいエモーション(感情)、思考、意図の壁。

 

 

閉じ込め、押さえつけるのではなく

それは、それに触れる手は透明な手。

 

 

それの中心から放射する

光が通り抜けていくように。。

 

 

 

 

 

 
**
 
 
 
 
 
人に頼ったり、執着したりするのではなく
その必要はなく、
 
 
 
 
各地の神聖な場所を訪ねなさい。
そこに触れるだけで、
浄化され、道を示されるでしょう。
 
 
 
 
事を起こそうとか
何かを引き起こそうとか
変えようとか、
良くしようとか、
思いを遂げさせようとか
せずに、
、、決してせずに、、
 
 
 
感情の何もない、
光に包まれている場所。
 
 
そこが目印です。
 
 
 
 
 
 
ひとつ、見極める
サインを、
 
 
ネイティブアメリカンのサバイバルを教えている方が
言っていたこと。
 
 
”鳥の声に気がつかないとき、
作業はやめる。”
 
 
 
周りの状況に気がつかないような
トンネルヴィジョン、集中して閉ざしている時、
失敗したり怪我したりする危険がある。
 
 
 
周囲に気がついていて、
自然界とちゃんと繋がっている事。
 
 
 
 
周辺視野を使う、、。周りの状況、風の感覚、鳥の声、
存在の全ての間隔が開き、、そのとき、
 
 
思考や考え事、想いに沈み込むことは、”できない”
自然界に属する、知覚の世界。
 
 
 
一方、集中した
閉じた自己の内側に沈潜している時、
 
 
思考が巡り
感情が渦まく
 
 
こもってくる。。
 
 
体感覚はどうなっているか?
もや〜っとしてたり、どんよりしてる。
 
 
ここには感情の渦があり、
ここから何かを欲する時、力を行使しようと、、上を見る時、
おかしなことになる。注意の必要な世界。。
 
 
 
一方、
 
 
透明な感覚、、感情を飛び越え、、存在の本質へ。
周辺視野の、静かな世界、、周りに気がついている、、
そこから入っていく世界がある。
 
それは、感情の渦巻くへんな世界とは違う。
 
 
神聖さと静けさを感じている世界。
 
 
 
違いを見極めなさい。
 
 
 
 
大切なことです。