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流れが治療する

 

 

まずは

昨日の記事の補足、

 

 

 

一人で旅に出る。

 

 

 

”人はその人生のうちで一度は荒野の中に入り、健康的で、幾分は退屈でさえある孤絶を経験するべきだ。自分がまったくの己れ一人の身に依存していることを発見し、しかるのちに自らの真実の、隠されていた力を知るのだ。 ー ジャック・ケルアック ー”

 

 

 

2002年くらいにチベット〜ネパールあたりを旅してた時に

出会い別れの際に連絡先交換(当時はSNSがない)しました。

その時紙切れに書いてくれた文章です。

(わたしは読んだことないですがジャックケルアックの本の一節らしいです。)

 

 

 

 

ひとりぼっちであること

ひとりきりになること 

 

すべての人は、その人生で、すすんでひとりになる期間を持つ必要があるというのが、地球に生きるネイティブ・ピープルの教えである。すすんでひとりになることでのみ、スピリットは育つものなのだ。

 

例をあげるなら、偉大な覚者といわれる人たちはみなそのための期間を持っている。ヨセフの息子であるジーザスも、モーゼも、シッダールタも、みなその人生においてひとりになる期間を過ごした。ネイティブ・アメリカンの世界では伝統的に、幼児期を過ぎたころからひとりになることでヴィジョンを見ることを教え込む。ひとりになることは、人生のバランスを回復させるメディスンなのである。 

 

もし自分はひとりぼっちであると感じたら、そのひとりぼっち感の向かう先を、すすんでひとりになることに加えて、意識的にある時間をひとりきりで過ごしてみる。ひとりでいる時間を、自分の内側をのぞいてみたり外側を観察してみたりすることにあてることで、建設的に使うことができる。

 

複雑すぎる人生においては、精神的なバランスを回復させるために、われわれはあらゆるものとのつながりから自分を切り離す必要があるのだろう。ありとあらゆるもののつながりから自分を切り離してみると、自分の内奥の深いところで、自分はけしてひとりではないということがわかってくる。

 

なぜなら自分のなかの深いところに、自分を創られた存在が、どんなときにでも、おられることに気づかされるからだ。その自分を創られたものこそが、あらゆる知恵の源となるものであり、人間はひとりでいてもひとりぼっちではありえないということを教えてくれる。しかし、この知恵を見つけるためには、人は、ひとりきりになってみなくてはならない。

 

 

 

最近買った本、

北山耕平「地球のレッスン」から抜粋。

 

 

 

 

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田舎にももう自然は保存されていない。

生き物が減っている。種類も激減している。

 

 

 

たしか、この動画だったと思う。

 

 

 

 

 

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暗渠、

洪水の対策。

 

 

今朝、Yahooニュースでみたんだけど、

最近頻発する大雨による洪水の対策として

地下にコンクリートの大空間を作る計画をしてるらしい。

すでに都心ではあると思うけど、

海まで流すつもりなんでしょうが。

 

たぶん、無理ありますよね。

水利的にも、生態系にも、老朽化的にも、、。

 

 

人間が何かできるなんて横暴である!!

何を作り出し、何を生み出してしまうのか。

混沌がまた始まる。

 

 

自然への、生き物への、

敬意、尊敬、調和。

 

 

そんなことしなくても

手立てはすでにあるのに、

上層部の政治は

誰もそれを認めない、進まない。

 

 

矢野智徳さんの手法、

うまくいくんだけどな〜〜。

 

都市の異常なヒートアイランド現象も、

涼やかな風が通り抜けるように、できるんだけどな〜。

 

 

 

本質、真実の手立てが

あるのに、通じない、知られない、動かない、進まない。

 

 

ボディワークや、一般のあらゆる分野に共通しますね。

本当のもの、真実は、塞がれる。

だから、ひっそり

本当の仕事をするためには、こつこつと。

いずれ日の目を見るかもしれない。

 

 

 

こんなのもあったな?

と、思い出し。

 

 

 

泣けるわ。

 

 

循環と流れ、

詰まりをとり、流れ出す。

 

流れが治療する。

 

 

決して人の思うようにやらない。

自然を観察し、自然に沿う。

 

 

自然への尊敬。

 

 

ボディワークも同じ、

この世界の流れ、ご縁も同じ。